一般社団法人
日本ポイントオブケア
超音波学会

Japan Society of Point-of-Care Ultrasound


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特別企画(座談会、対談、インタビュー)

特別企画1

座談会 腹部POCUSの現状と可能性

-卒前教育から在宅まで―
日時2025年2月1日
場所医学書院(東京都文京区)

亀田 徹(司会)
済生会宇都宮病院 超音波診断科
日本ポイントオブケア学会代表理事、1996年北海道大学卒
救急・集中治療および超音波検査の研修後、長年救急医療に従事。現在は超音波検査室での業務を中心に、救急外来でのPOCUSや医学部超音波教育にも関わっている。

畠 二郎
川崎医科大学 検査診断学
日本超音波医学会理事、1985年自治医科大学卒
出身地である広島県においてへき地診療所や中核病院に勤務、2003年より現在の所属。消化器を中心とした超音波診断、中でも消化管や急性腹症の診断に注力する一方で、病院内では多種多様な症候の原因を明らかにするという総合診療的な役割も担っている。

水間 美宏
東神戸病院 内科・訪問診療
日本消化器がん検診学会功労会員、1983年京都府立医科大学卒、同大学公衆衛生学のち大学院地域保健医療疫学
卒後は堀川病院内科・居宅療養部に勤務した後、京都第二赤十字病院などで腹部超音波検診にも従事。2017年より現在の勤務先で、訪問診療・往診の際にPOCUSを用いている。

司会を担当します済生会宇都宮病院の亀田徹と申します。腹部超音波検査および腹部POCUS(point-of-care ultrasonography)のオピニオンリーダーでいらっしゃいます川崎医科大学の畠二郎先生と東神戸病院の水間美宏先生をお迎えして、腹部POCUSの現状と可能性について様々な観点からお話いただきます。

CT全盛時代における全般的な腹部超音波検査の現状

畠先生は川崎医科大学で長年超音波検査の指導を行ってこられました。畠先生の強力なリーダーシップのもとで質の高い超音波検査を実施されてきたことはもちろんのこと、本来であればCTが優位とされている状況であっても、超音波検査を積極的に行われているお話を学術集会等で伺う機会がございました。

我々の施設では画像診断における超音波検査の比重が高いです。特に急性期の場面、例えば急性腹症や集中治療室で超音波検査は信頼され使用されています。救急室にはCTが併設されているので、CTはしばしば行われますが、診断確定のために超音波検査が行われることも多いです。ただ施設によってはCTオンリーという状況もみられます。特に超音波検査室に医師が常勤していない施設では、急性腹症などは責任の問題もあって、検査技師が超音波検査を躊躇されることもあるのではないでしょうか。今後は担当医が行うPOCUSが活用されることによる新たな展開や課題、さらには将来展望が生まれることを期待しています。

腹痛の初期診療ではPOCUSが行われている施設はありますが、いずれにしても超音波検査室に依頼せずCTが優先される施設が多いのが現状と考えられます。一方、CTを繰り返すことは被ばくを増やしますので、CT施行後に超音波検査を依頼することやベッドサイドでPOCUSを行うのは、一つのあり方ではないでしょうか。

CT施行後であれば、CTの分解能の限界を補い確定診断のために超音波検査を行う場合があります。例えば少量の門脈ガスやフリーエアーは超音波の方がCTより感度は高いです。また虫垂炎か憩室炎なのかCTで迷うような場合に超音波が有用です。また腎障害で造影CTが施行できない状況では、超音波で血流を評価できます。またすでにCTで診断されていても、急性虫垂炎、消化管穿孔、腹部外傷等を保存的に経過観察する場合には、被ばくを考慮して超音波検査を行っています。

私は主に在宅医療を行っていますが、患者さんを病院に連れていきCTを行うか、在宅で経過観察するかの判断に超音波検査を利用しています。在宅患者さんを病院に連れて行くのは難しく、救急車や介護タクシーを呼ぶ必要もあります。また病院を受診しても軽症で帰宅することがあると、本人や家族、病院へ負担をかけるだけになります。そのような判断をきちんとするために在宅医療ではPOCUSは不可欠です。

腹部POCUSの現状

昔からベッドサイドエコーという言葉はありました。近年は臨床医がベッドサイドで超音波検査を行う有用性について海外で数多くの臨床研究が行われてきました。当初は救急領域でその有用性が示されて体系化され、その後多くの領域で活用が広がり、POCUSというコンセプトが世界中で共有されるようになりました。POCUSというのはエビデンス重視という側面がございますが、日本における腹部POCUSの現状についてはいかがでしょうか。

POCUSでは臓器を系統的に丹念に診るというよりもプロトコルに沿って行われます。FASTによる腹腔内液体貯留評価、急性胆嚢炎、尿管結石嵌頓の診断はエビデンスをもって有用性が知られています。そのような領域については、自施設の若手臨床医は診断に利用しています。ただ同様にPOCUSが日本中の医療施設で使われているかはよくわかっていないのではないでしょうか。また急性腹症で頻度の高い急性虫垂炎では、系統的走査ではなく一定のプロトコルで行う場合には特異度は高いかもしれませんが、やはり感度は下がってしまいます。一方小児の腸重積については、小児科医がPOCUSで診断し、生理食塩水を用いてエコーガイド下で整復する施設が増えてきているようです。

日本救急医学会では、FASTや急性胆嚢炎のように一定のエビデンスが示され、救急科専門医が必要時に実施できるPOCUSの項目は「主要項目」、今後重要性が高まると想定されるものは「付加項目」として位置付けられています。今後は各専門領域でこのようなフレームワークが示されると想定されます。もっとも畠先生がおっしゃったようにPOCUS利用の実態は明らかではありません。例えば日本ポイントオブケア超音波学会でアンケートを実施して実態を明らかにし、今後に繋げてゆくのもアイデアだと思います。 エビデンスは示されていませんが、有用なPOCUSの使い方についてはいかがでしょうか。

肝硬変や癌性腹膜炎などによる腹水の経過観察を目的に超音波検査が毎週のように検査室にオーダーされますが、このあたりは研修医の皆様にPOCUSで評価していただくのがよいと考えます。また看護師の皆様を含めた話ですが、尿が出ないので利尿剤投与を検討する前にPOCUSで膀胱を評価していただきたいです。また直腸に便がない状態で浣腸をしても有用でないことがわかってきたので、便が出ない場合にPOCUSで直腸に便が貯留しているかをきちんと評価するのがよいでしょう。要は見当違いの治療を防ぐという意味でもPOCUSを主治医や看護師さんに行っていただきたいと考えますし、普段から研修医へ働きかけています。

アンケートを実施しないとわかりませんが、各領域で腹部POCUSの活用は広がってきていると考えます。臨床研究として有用性が十分に示されていない領域であっても、「このような使い方ができますよ」と指導にあたられている施設のお話を伺う機会もあります。 一時期「医師の超音波離れ」が問題視されてましたが、POCUSの普及で腹部超音波検査の捉え方も少しずつ変わってきているのではないでしょうか。

超音波や学会の歴史を振り返りますと、腹部超音波検査を用いれば胆石をはじめ様々な疾患がわかるということで一時期かなり盛り上がりました。その後CTの高速化や低線量化がすすみ、CT優位の状況が生まれました。それと並行して超音波関連の学会は成熟し、腹部領域では基本的な超音波検査を学ぶ場から、造影超音波など先進的研究が主体となって実際の臨床と少し解離した状況となり、基本的な超音波検査を学びたい方が参加しにくくなったと考えられます。そのような中で日本ポイントオブケア超音波学会ができて、超音波の臨床での有用性と、自ら実施することはそれほどハードルが高くないことを示すことで、次第に若手医師を中心に関心が高まり、もう一度超音波検査を臨床で活用しようという流れがでてきたのではないでしょうか。

私が所属する協力型研修病院には時々研修医や専攻医が来ますが、総合診療医や家庭医を目指す医師が多いので、超音波に対する関心は高いです。腹部超音波検査をできるようになりたい方には、検査室で系統的な超音波検査をきちんと教えますし、往診で使いたいということでPOCUSとして腹部に限らず、心臓、肺を含めた研修を提供することもあります。私の周りの若い医師にとっては腹部超音波検査やPOCUSは魅力的なものになっているのではないでしょうか。

在宅医療における腹部POCUS

ご経験が豊富な水間先生は、在宅医療におけるPOCUSについてどのようにお考えでしょうか。

病状が落ち着いている中での訪問診療であればあまり問題はないのですが、病状が急変して往診で対応する場合には、今まで通り在宅医療を継続していいのか、一度病院に紹介して精査を受ける必要があるのかその場で即座に判断が求められます。また病院を受診する場合も、介護タクシーの予約でいいのか、緊急性を考慮して救急車を呼ぶべきかの判断も必要になります。病院へ紹介する場合は心理的な意味でもハードルは高く、根拠や自信をもって紹介することが重要です。そういう意味で超音波は非常に役立っています。トリアージとしてPOCUSを利用するということです。

感度と特異度の観点では、POCUSで気になる所見があればすべて病院へ紹介すれば間違いは起こらないと思いますが、なんでも紹介することになり医療の効率が悪くなります。一方、特異度を優先してしまうと感度が落ちますので、判断を誤り紹介しておけばよかったということも生じ得ます。そこのバランスをどうとるかです。POCUSをやらない臨床医は長年の経験等で判断されていると思いますが、そこにPOCUSを加えることで感度、特異度、確診度がどの程度上がったか、またPOCUSをトリアージとして利用することで大きな問題はなかったか、つまり十分な感度をもっていたのかについて、ご経験をお聞かせいただけますでしょうか。

先日在宅医療連合学会誌で公開された私の研究論文を紹介いたしますと、最初の印象で病院紹介が必要と判断した患者にPOCUSを行うことで紹介が減るかについて検討したところ、7割位はそのまま在宅を継続して間違いはなかったという結果でした。逆にPOCUSで所見を得て絶対病院へ送るべきという患者もいました。感度、特異度を出すのは難しいのですが、有用性を見出すことができました。

非常にインパクトが大きいですね。それに費用対効果が加われば、さらにインパクトが大きくなりますね。

そうですね。在宅では腹部だけでもあらゆる臓器の疾患がありますが、一番多いのは腎尿路と下部消化管領域になります。尿が出ない場合には心不全や脱水もありますし、尿閉であれば導尿することでとりあえずの処置が終わります。ただ超音波を当てると膀胱内にデブリがたまり、両側の著明な腎盂拡張があり、敗血症になって透析まで受けたケースがありました。同じ尿閉でも導尿だけでいいのか、緊急搬送が必要なのか、その判断にPOCUSは有用でした。また腹部膨満や便が出ないケースでは、超音波で直腸に便塊があれば浣腸で良くなるケースもありましたし、腸閉塞やS状結腸捻転で緊急搬送が必要なケースもありました。そういった判断は在宅の現場で非常に重要です。医療資源が限られた現場では地雷を踏まないことがすごく大事だと話される開業医の方がいらっしゃいます。超音波は地雷探知機のようなもので不可欠になってきているのではないでしょうか。

水間先生にとっては超音波なしに在宅医療はありえないでしょうか。

そうですね。在宅現場にポケットエコー(携帯型超音波装置)をポケットに入れて持っていくのですが、たまに車で移動中に持ってくるのを忘れたことに気づき、どんなに車で走っていても必ず病院に取りに帰ります。

在宅医療におけるPOCUSについて具体例をお示しいただきながら、診断精度、費用対効果、意思決定の面から言及いただきました。POCUSを意思決定にどう生かし伝えていくかは、非常にやりがいがあると感じました。

腹部POCUSの卒前・卒後教育

日本ポイントオブケア超音波学会は若手医師や医学生の皆様に学びの場を提供し、積極的に参加いただいております。また企画側にも加わっていただいております。POCUS領域では卒前・卒後教育への関心が年々高くなっています。まず各施設での卒前教育についてお話を伺います。

川崎医科大学では4年生の3学期に、学生全員が一人当たり15分の腹部超音波検査のハンズオンを経験します。そして記録した画像をスケッチし、上腹部の立体解剖も復習します。技能に関して教育効果は定かではありませんが、実習を通じて超音波に興味をもってくれますので、他大学よりも卒後に超音波研修を希望する場合が多いです。

私が非常勤講師として学生実習に関わっている自治医科大学臨床検査医学講座では、4年生のBSL(bedside learning)で各領域の超音波検査のハンズオンが行われます。男子学生が交代で被検者となります。各講座でも超音波検査実習が行われていると伺っております。また5年生の選択BSLでは、指導医のもとで実際に患者さんに対して腹部超音波検査を行い、レポートの記載まで行います。済生会宇都宮病院では期間限定になりますが、学生1人当たり1か月間の腹部超音波検査実習の機会を設けております。 卒後臨床研修についてはいかがでしょうか。

川崎医科大学では卒後ローテーションとして1か月、希望によっては2か月間超音波検査を選択できます。学生時代から超音波検査への関心が高いので、臨床研修医の3分の2は最低1か月間超音波検査の研修を受けています。こちらについては教育効果が高く、研修後も主にPOCUSを行う研修医は増えています。

かつて常勤医として関わっていた自治医科大学附属病院では、現在でも多くの臨床研修医が1か月程度、検査室での腹部超音波検査研修を選択していると伺っています。済生会宇都宮病院では、臨床研修医が2週間から1か月交代で毎日午前中に主に腹部超音波検査を研修しています。 実地での教育・研修は各施設で様々な取り組みが行われていると伺っております。私も現在少し関わっておりますが、POCUSとしては救急外来や集中治療室、病棟での教育が盛んになっており、今後の展開が楽しみです。 一方、これまで超音波研修の機会が得られなかった、もしくはスキルをアップしたい方を対象に、日本ポイントオブケア超音波学会では学術集会にあわせてハンズオンセミナーを開催してきました。腹部POCUSのハンズオンセミナーについては、畠先生が中心になって進めてこられましたが、どのように取り組まれてこられたでしょうか。

当学会の前身である研究会発足当初から各領域のハンズオンセミナーが行われてきました。腹部領域では3時間程度の枠で、肝胆膵、消化管、POCUSプロトコルの3領域のショートレクチャとハンズオンを反復して行っております。このハンズオンは受講希望者が多く、アンケート結果も良好です。現在当学会で活躍されている方の中には、当初このハンズオンセミナーを受けた方も結構いらっしゃいます。

私は開業医や訪問看護師にもハンズオンセミナーを行っております。開業医の場合は、心臓、肺、腹部のPOCUSとして観察対象を絞っています。訪問看護師の場合は、肺炎・胸水、膀胱、褥瘡のファントムを使った教育もしています。ハンズオンセミナー直後にアンケートをとりますと、「役に立ちます」という意見がほとんどですが、3か月後に同じようなアンケートをすると、実際に使っている方はそう多くはないのが現状です。

実際にPOCUSを行う機会が持てないということなのでしょうか。

そうかもしれません。訪問看護ステーションの所長さんなど管理者の方の理解があれば、全体にPOCUSに取り組みやすくなると思いますが、個人でハンズオンセミナーを申し込んだ方の場合は、職場にPOCUS導入の機運がなく利用できないこともあるようです。

他の学会では独自にハンズオンセミナーが開催されていますが、日本ポイントオブケア超音波学会として連携の可能性はいかがでしょうか。

当学会でのハンズオンセミナーに他学会のクレジットがつくように現在検討しております。当学会は他の関連学会との連携を主要な目的に掲げております。また他学会と共同開催を行うことで多くの医療従事者の方にPOCUSに関心を持っていただけるのではないかと考えております。

腹部POCUSの可能性

最近の携帯型超音波装置の画質は良くなり、一昔前の据え置き型の超音波診断装置と変わらなくなっております。今後さらなる画質の向上が期待されます。また教育が進めば腹部POCUSの可能性は大きいと考えますがいかがでしょうか。

現在の携帯型超音波診断装置は、我々がエコーを始めた頃の据え置き型装置よりもむしろ画質は良くなっています。もっともエンジンの限界もありますので、現在(同時代)のハイエンド装置に追いつくことはなかなかないと思います。将来的には携帯型超音波診断装置の進歩の余地は十分にあり、要はPOCUSとして十分使えるという観点で性能はさらに良くなっていくと考えます。 教育に関しては、POCUSがコストパフォーマンス的にも、医療安全の面でも有効であることが確実であれば、最終的には制度としてOSCEや国家試験へ導入する必要があるのではないかと考えます。まだそこまで機が熟していないのが現状です。卒後教育については、例えばドイツでは消化器を専門にする場合に、3か月の卒後超音波検査研修が必須とされていると聞いており、そういった制度化が日本にもあるといいのではないでしょうか。またこれまで行ってきた超音波検査をブラッシュアップしたい方のために、学習の機会が提供されることも必要と考えます。

ベテラン、シニアの臨床医がこれまで超音波検査の教育を十分に受ける機会がなかったという話をよく伺います。畠先生がおっしゃっていたリカレント教育についてはいかがでしょうか。

ハンズオンセミナーについては開業医側からは需要が大きく、ハンズオンセミナーを募集すると早期に満員になりますし、超音波を学びたいという意欲を強く感じます。系統的超音波検査を学ぶのは容易ではないのですが、POCUSとして焦点を絞ることで十分学び直すことが可能です。

消化器領域での超音波ハンズオンセミナーでは、解剖学的に詳しく評価する点に重きが置かれ、超音波検査のお作法が中心になります。一方、実践的に症候からみた超音波という切り口があってもいいのではないかと考えます。実際に開業医の方を対象にハンズオンセミナーを行われた際に、どういった要望が多いでしょうか。

これまで特に要望はなかったのですが、例えば熱があって呼ばれて聴診と触診だけで判断するよりも、エコーをあてて肺炎なのか、胆嚢炎なのか、腎尿路系感染なのか、そういった鑑別を即座にPOCUSでできるのはとても大きいです。

そうですね、例えば発熱をテーマにして、この点をPOCUSで押さえましょうとした方が、開業医の皆様にとっては実臨床に沿ったものになるのではないでしょうか。専門領域にもよりますが目的別にPOCUSがあってもいいのではないでしょうか。

畠先生がおっしゃるようにPOCUSを行う方の専門領域にもよりますが、例えば発熱で肝膿瘍を疑った場合に、肝区域や肝内胆管の走行に詳しくなくても、POCUSで肝臓全体をある程度観察することができ、rule inを目的に「右葉に境界不明瞭な低輝度域がある」と認識できれば、POCUSとして十分役割を果たすことができますね。 これまでは腹部POCUSは急性期が中心でしたが、今後慢性期の活用についてはいかがでしょうか。

これをやると細かくなり系統的超音波検査に近づいていく可能性があります。POCUSの目的別、症候別をどうするかになります。例えば日本ポイントオブケア超音学会や日本超音波医学会では急性腹症のPOCUSプロトコルを提唱しております。慢性疾患においては、例えば病勢の経過観察という意味ではヨーロッパでは炎症性腸疾患のPOCUSが当たり前になっています。また関節リウマチなども主治医がぱっとエコーをあてて評価しています。超音波を用いて気軽に病勢を判定することがPOCUSに含まれるのであれば、疾患に限らずどんどん広がっていくのではないでしょうか。

家庭医学領域では、腹部大動脈瘤のリスクファクターがある場合に、クリニックでPOCUSによるスクリーニングを行う意義に関する臨床研究が行われていますし、実際に導入している国もあると伺っています。 系統的超音波検査と腹部POCUSの役割分担についてはいかがでしょうか。

腎については在宅では水腎症の評価のみ行いますので、例えば腎がんが疑われる場合には、やはり病院で検査技師さんにしっかり超音波検査を行ってもらってくださいということになります。在宅のPOCUSと検査室の超音波検査は違うものとして使い分けていく必要があります。もっとも携帯型超音波診断装置は性能が良くなりましたので、時間があれば在宅でも系統的超音波検査に近いレベルで検査を行えるようになってきたと思います。

診療報酬など課題はございますが、看護領域のPOCUSの普及についてはいかがでしょうか。

患者の具合が悪くなって最初に呼ばれるのは看護師さん、訪問看護師さんなんです。尿がでない、便がでない、お腹が張ってきた時に、腹部にエコーをあてて膀胱や直腸を評価し、医師に往診を依頼するかどうかの判断にも使っていただきたいと思います。医師にとっても看護アセスメントとしてのPOCUSが普及してくれば大変助かります。

今も昔もそうですが、尿管内にバルーンを膨らませる、無尿なのにカテーテルを挿入して尿がでないということが起こっています。末梢静脈確保なども難しいことがあります。そのような場合に、診療手技の補助としてPOCUSは有用で、在宅で看護師さんが使用されていることもあるかと思います。

最近では患者自身が行うPOCUSの話題もありますが、いかがでしょうか。

一家に一台超音波という時代が想定されます。かつて血圧測定は医師が行う特殊な検査でしたが、今では家庭で簡単に計測できます。体脂肪も同様です。コストの問題がありますが、携帯型超音波診断装置が普及すればコストは下がります。腹部POCUSでは腹水の評価について、患者と医師との間であらかじめあてる部位を決めておき、遠隔医療の一環として在宅医療やクリニックの医師との間でやりとりをしていただくなどのアイデアがあります。

大変興味深いテーマで、ますますPOCUSから目が離せませんね。 本日は腹部POCUSの現状と可能性について、様々な観点から具体例を交えお話いただきました。読者の皆様が腹部領域をはじめPOCUSを有効活用して頂き、さらに普及活動にもかかわっていただくために示唆に富む座談会になったと思います。また日本ポイントオブケア超音波学会の方向性を考える上でも大変貴重な機会になりました。 日本ポイントオブケア超音波学会は、POCUSを活用する臨床医と、各領域の超音波検査のスペシャリストが協働し発展してきました。最近は看護師の皆様から看護エコーの有用性と魅力を発信いただいています。また学生や臨床研修医の皆様の活躍も頼もしい限りです。一方、クリニック・診療所で活躍されているベテラン・シニアの先生方にもご参加いただきニーズの高さを実感しております。日本ポイントオブケア超音波学会は、患者さんにやさしい医療とケアの向上のために学術的な面から検討を進めてゆきます。また教育的な観点からも若手からシニアまでの医療従事者の方が参加しやすく活躍できる場を目指していきます。 畠二郎先生、水間美宏先生、大変お忙しい中貴重な座談会の機会をいただき有難うございました。そして座談会の場を提供いただきました医学書院様、天野貴洋様には厚く御礼申し上げます。

特別企画2

対談 エコーとともに歩んだ運動器診療革命


痛みを訴える患者さんが来たら「まずエコー!」―近年、運動器診療におけるエコー(POCUS)の活用が急速に進んでいます。外来診療で使われるようになって四半世紀。今回は、運動器エコー診療を切り拓いたパイオニア・皆川洋至先生(城東整形外科・秋田)と、若手のカリスマ・宮武和馬先生(横浜市大整形・神奈川)が、運動器エコーの過去・現在・未来について、横浜の地で熱く語り合います!

日時2025年2月15日
場所みなとみらい周辺

維新の新旧オピニオン・リーダー(羽田空港到着ロビー)
“日本の近代” は黒船来航(1853)に始まります。このときペリー59歳、近代化に貢献する福沢諭吉19歳、渋沢栄一13歳でした。羽田空港に到着した皆川先生(写真右)、出迎えた宮武先生(写真左)の対談開始、まずは歴史をたどります。

ファーストペンギン ~運動器エコーの夜明け~

そもそも先生がエコーを始めたきっかけは?

自治医大4年のとき、伊東紘一先生(自治医大名誉教授、済生会陸前高田診療所)のエコーゼミに入ったことがきっかけ。整形外科医になって『肩の診療にも使えるんじゃないか』って。ただ画質が悪く、心眼で見ていた(笑)。

当時はMRIが主流でしたよね。

そう、でも大学病院でさえ外注していた時代。手軽に診る手段がほしかった。だから携帯型超音波装置【ソノサイト180】を導入して、一般住民の腱板断裂保有率を調べるフィールドワークを開始。レントゲンに頼らない『US first』を貫いて、診断の世界が一気に広がったんだ。

すごいですね!僕のエコーの出発点は野球肘検診でした。周りがOCD(離断性骨軟骨炎)を診ている間に坐骨神経とか三頭筋ばかり見ていました(笑)。

やっぱり変わっているね(笑)。

これ使える、ってのめりこんでいったきっかけが伝達麻酔。

どうやったの?

そのときの先輩のやり方がですね、『動脈を触れるとドクドクするから、まずそこに針を刺せ。そうずればビューってシリンジ内に逆血するから、そこから針先をさらに奥へ押し込む。患者さんが悲鳴を上げるから、そこで打て』っていう原始的な手技(笑)。ある日、術中に患者さんが『痛い、痛い!』って叫んで『これはまずい』と思い、透析室のエコーを拝借してプローブを当て神経をみてみたら・・・世界が変わりました!

黒船来航、エコーの“開国”(横浜開港資料館)
2000年に登場した高周波リニアプローブ搭載の携帯型超音波装置【SonoSite180】は、まさに“黒船”でした。これまでの保存療法が「とりあえず痛み止め」から「エコーで診て、注射で積極的に治療」へと進化。日本の整形外科界がついに“開国”した瞬間でした。整形外科開業医の超音波装置保有率は、2015年47%、2020年61%と増加し、今年2025年には75%に達することが予測されています(日本臨床整形外科学会報告2024)。

“痛み止め” のトリック

それでは“現在”に行きましょう。やはり、超音波ガイド下注射についてですかね。

昔は大関節へのブラインド注射が当たり前だった。エコーを使うことで小関節、腱鞘内、滑液包内、さらに手根管や肘部管の末梢神経、そして皮神経まで正確に注射できるようになった。内服薬を“痛み止め”っていうでしょ。患者さんにわかりやすい言葉だけど、全く効いてないのに飲んでいる人がいる、飲ませ続ける医者もいる。副作用や依存の問題があるし、ただ『痛ければ、痛み止め』ってヤバいよね(笑)。英語のpain killerも同じニュアンスだし、 病態を無視する点では“五十肩”や“〇〇症候群”と似た医療文化の低さを感じる。

そう、だから“痛み”をもっと細分化しなければいけない。炎症由来の侵害受容性疼痛、ハイドロリリースで明らかになった神経障害性疼痛、そして中枢感作された痛覚変調性疼痛など病態の中心は様々ですよね。侵害受容性疼痛に関してはステロイドが効くタイプと効かないタイプがあるし、神経障害性疼痛には生理食塩水で効くタイプと効かないタイプがある。病態はもっと奥深い、まだわかっていない病態が隠れている、だから安易に“痛み止め”は問題ですよね。

凍結肩の多くが炎症ではない。だからNSAIDsが効くわけない。それなのに万能薬みたいに“痛み止め”って言って出す先生がいるでしょ?

凍結肩にプレガバリン出ていますよ(笑)。

アセトアミノフェンだったらまだマシかな。痛みの病態は様々、薬の作用機序も様々、それなのに“痛み止め”って、もはやトリック(詐欺)だね(笑)。

ランチタイム(鳥喰~Trick~)
ちょっと風変わりな店名、味は期待できないと思いきや、至極の一杯にドパミンが噴出。左から2番目の片山先生が塩ラーメンを追加注文。“痛み”も同じ。同じ程度の組織損傷でも、患者さんにとっては想定以下の痛みであれば「ぜんぜん痛くない。」、想定以上の痛みであれば「すごく痛い」となる(パリ五輪ブレイクダンスチーム中井先生撮影)。

ハイドロリリース ~水で “痛み” が消える!?~

一般に基礎実験のコントロールで使われるのが生理食塩水(生食)。生食には薬効がない、もし生食で効果を認めれば“プラセボ効果”と解釈、この常識を覆したのがハイドロリリースですよね。現在、先生が考えている定義や効果発現のメカニズムについて教えて下さい。

位置づけは末梢神経の機能異常に対する治療。だから標的は末梢神経。神経上膜に生食を中心とした液体を注入します。障害部位がドンピシャだと、痛みやしびれが瞬時に消え、運動麻痺も改善する。詳細なメカニズムは不明だけど、神経外膜と筋外膜の間の滑走性、間質液還流の改善、間質液のNa、K、Caイオン勾配やPHの変化などを考えている。

症状の改善が劇的ですよね。ここ数年で一気に広がりましたね。まずは結果優先、エビデンスは後付けってところでしょうか。保険適用に向けた動きも活発ですね(2024年現在)。

ハイドロリリースの登場で、神経の機能障害で生じる痛みが存在すること、今まで扱ってきた痛みが構造異常を基盤とした痛みだったことがわかってきた。そして両者で説明できない痛みの存在も浮き彫りになってきた。いわゆる第3の痛み。2017年に国際疼痛学会が定義した3つの痛みの機序、侵害受容性疼痛、神経障害性疼痛、痛覚変調性疼痛にも当てはまるよね。今までわれわれが“意識”してきたのが侵害受容性疼痛、“無意識に無視”してきたのが神経障害性疼痛、そして“意識的に無視”してきたのが痛覚変調性疼痛。そして、ここに患者さんの心理、社会的な要素が影響する、痛みは単なる電気信号ではなく、不快な感覚、情動、感情である、脳科学の進歩で“痛み”を学問的に理解できるようになってきたよね。

ハイドロリリースが出てきて、痛みの機序を考えるようになって、内服薬を使い分けるようになりましたよね。

でも、なんでこの人に効いて、この人には効かないんだろう、ってことない?

あります、あります(笑)。

薬はよくわかんないよね(笑)。

その点、超音波ガイド下注射は病態を確信できますよね。画像上明らかな構造異常はないけど、その神経が痛みを引き起こしているのがハイドロリリースの結果から説明できる、局所麻酔薬を使った神経ブロックとは意味が違う、ここはでかいですね。

でかいね。今までは画像で構造異常探索ばかりやってきた。しかし、【構造異常=痛みの原因】という考えでは間違った治療を選択する危険がある。画像だけみてヘルニアの手術をしたり、人工関節の手術をしたり、小児変形や脊椎カリエスが中心だった黎明期の整形外科学とは時代背景が違う。自分が【整形】外科という診療科名に強い違和感をおぼえる理由だね。

みなとみらい(横浜大桟橋)
大きな学会が開催される未来都市横浜。桜木町駅から横浜大桟橋に視点を変えれば、「みなとみらい」の風景は“The Yokohama”の絶景へ。Baysideに聳えるランドマークタワーとインターコンチは、整形外科医とPTの連携が生み出す未来を予感させる。

運動器POCUSの未来~PT連携~

神経を標的にしたことで理学療法士(以下PT)との連携がブレイクしたね。

組織学的に神経外膜と筋外膜がつながっていることがわかり、リハで障害神経に隣接する筋にアプローチすればハイドロリリース同様の結果が得られる、エコー画像を共通言語にすることで一気にPTたちとの距離が縮まりましたね。これがすごくでかい。保存療法がかなり進歩していますね。

医師は病態を局所でみるけど、PTはさらに姿勢から体の使い方までの全体をみる。餅は餅屋で今まで以上に相互補完しあうようになってきた。

だから、PTが何のしがらみもなくエコーを使える環境を整えなきゃいけない。僕らの大切な仕事ですね。

法律上は看護師、助産師、臨床検査技師、診療放射線技師に使用が限られる。しかし、日本整形外科超音波学会はPTの参加を公認しているし、毎年数多くのPTセッションが組まれている。一方、PTには日本超音波医学会の会員資格がない。したがって、発表すらできない。そもそも超音波医学を発展させる目的で作られた学会なので、工学系の大学卒業者には会員資格がある。現状を考えれば、日本超音波医学会がPTに会員資格を与えない根拠が時代に追いついていない、古過ぎる。

エコーを使うことで整形外科医とPTが今まで以上に強く連携していますよ、診療レベルをあげ患者さんの治療に貢献していますよ、ってもっとアピールしなきゃいけませんね。超音波“診断”装置っていう言い方がPT使用の足枷になっている?超音波画像装置でいいですよね。

そもそも英語でX-ray、CT、MRI、USに“診断”って言葉は含まれない。

先生は5年後、エコーはどうなっていると思う?

もっと良いデバイスが出れば、それも一つの形かなと思っていて、エコーにこだわりはありません。ただ、現時点で最も優れたデバイスだし、“痛み”を細分化できる道具はエコーが主役、組織レベルとかもっと高分解能の世界、神経内部の血流とか水の流れとか見たいですね。

AIとウェアラブル・デバイスの組み合わせがどんどん登場している今、家電エコーが登場するかもしれないね。

そうなると学会が必要なくなる?

そうかもね。ただそういう未来予測も含め、視野を広げる横糸、様々な領域の先生方とつながりあえるPOCUS学会は魅力的だね。若手医師は視野狭窄になりやすい、もっと視野を広げて世界を変える、時代を変える、そんな仕事をしてほしい、そう願っています。

Immersive Journey(アソビル)
羽田空港を出発した対談の締めくくりは、VRゴーグルを装着しての“仮想ピラミッド体験ツアー”。視覚・聴覚が脳を欺くように、“痛み”もまた脳の産物。POCUSが脳科学と融合し、さらなる進化を遂げる時代がやってくる、想像以上に面白くなりそうだ。

あとがき

今回の対談は、羽田空港―横浜開港資料館―ラーメン店「鳥喰」―横浜大桟橋―アソビルの約3時間にわたる横浜ツアーの間に行われました。運転、撮影、録音と文字起こしに協力してくれた横浜市大整形の片山裕貴先生、中井将人先生に心から感謝します(皆川洋至)。